「返済」と「弁済」について明確な使い分けをしていない人もいますが、両者には違いが存在します。けれどもあやふやにしか理解できていなければ、契約の場面等であやふやな理解のまま話を進めてしまう恐れもあるのです。
そこでこの記事では返済と弁済の違いについて説明し、整理いたします。簡潔に整理していますので、ぜひ最後までご覧ください。
返済と弁済の違いは2点ある!
どちらも借りたお金を返すことをいう返済と弁済ですが、「法律用語であるか」と「返すものが一部か全部か」の二つの観点で考えると違いが分かりやすいのです。
それぞれに関して、以下で説明をいたします。
弁済は法律用語である
まず第一に、返済は法律用語としては原則使用されず、弁済は法律用語として使用されているという違いがあります。そして法律用語としての弁済の意味は「債務を履行して債権を消滅させること」であり、一般的な「返済」という言葉の意味合いとは異なっていると言えるのです。
この点については、次の項目で詳しくお話しいたします。
借金を消滅させるかどうか
法律用語でいう弁済は借金を「消滅」させる事であり、あくまでも借入総額の全部を返すことを指ます。借入金の一部だけお金を返すことを弁済とは言わないのです。
つまり、厳密な意味での弁済は借入金の全部を返済することのみを指し、返済は一部・全部に限らずお金を返すこと全般という区別が可能と言えます。
弁済の意味とは
弁済とは法律用語であり、法律用語である以上は言葉の意味をある程度厳密に理解しておく必要があるのです。そのためここでは、「弁済」という言葉について法律的な観点からさらに詳しくご説明いたします。
弁済は債権を消滅させることを意味する
先ほどもお話しした通り、弁済には債務を履行して「債権を消滅させる」という意味が込められています。つまり、弁済の意味することはあくまでも「消滅」であり、完済に至るまでの部分的な返済行動の一つ一つについて、弁済という言葉を使うのはふさわしくないということになるのです。
この点の使い分けには注意が必要と言えるでしょう。
弁済は民法で明確に定められている
弁済の提供の要件について
「債権者が受領さえしてくれれば債務の履行ができるというところまで準備をする」ことを民法では弁済の提供と言い、弁済の提供をすることで債務不履行の責任を回避することができるのです。
民法の493条には、下記のように規定されています。
弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。
ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
引用:電子政府の総合窓口e-Gov
「弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない」という部分が弁済の提供の原則であり、現実の提供と言います。
商品の売買であれば、
- 売主は買主に現実に商品を引き渡す
- 買主は売主に現実に対価としての金銭を渡す
上記の行動をそれぞれ取ることで、それぞれ債務を弁済するのが原則なのです。
ただし、そこには例外もあります。
民法493条後半の「ただし、債権者が~ときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる」という部分は口頭の弁済と言われており、債権者が受領を拒む場合等で債務者の弁済に協力的でない時に限り、弁済できる旨を伝えるだけで弁済の提供をしたと主張できるのです。
弁済の内容
弁済すべき内容は、先ほどの民法493条にもあった通り、「債権の本旨」によって決まります。つまり、当事者の合意にしたがって債権を持っている人に求められていることをすればよいということなのです。
当事者間に特定の合意が無い場合は、民法で規定された内容に沿って考えます。
民法の規定とは、例えば以下の通りです。
- 金銭債権の場合は通貨で弁済をする
- 特定物の場合は引き渡しまでに取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意義務によって管理をしなくてはならない(善管注意義務)
弁済する場所
弁済する場所についても、民法484条に規定があります。
弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。
引用:電子政府の総合窓口e-Gov
当事者間の特定の合意があればそちらが優先され、無ければ484条で以下の通り規定されるのです。
- 特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において
- それ以外の弁済については債権者の現在の住所において
つまり原則としては債権者の住所において、特定物の場合のみ債権発生時にその物が存在した場所において弁済をする必要があります。
弁済をすることでどうなるのか
ここまでは弁済について法律的説明を行ってきましたが、ここからは弁済をした場合に法律上どのような効果が期待できるのかを見ていきましょう。
整理すると次の2点に集約できますので、一つずつ説明します。
同時履行の抗弁権を相手から奪える
双務契約の当事者の一方が、相手方においてその債務の履行を提供するまでは自分の債務の履行を拒むことができる権利を、同時履行の抗弁権と言います。
たとえば売買契約であれば、以下のような主張ができるのです。
- 売主は、買主からお金を受け取るまでは商品を引き渡すことを拒むことができる
- 買主は、売主から商品を受け取るまではお金を払うことを拒むことができる
裏を返せば、同時履行の抗弁はこちらが弁済を行った時点で相手は主張できなくなります。
損害賠償や違約金などの支払い義務が無くなる
弁済をすれば法律的には「債務不履行の責任を回避する」などと表現され、損害賠償や違約金などの支払い義務がなくなります。こちら側が果たすべき責任を果たしている訳ですから、相手方から文句を言われたり更なる負担を強いられたりする筋合いはないという整理です。
弁済をしないことでどんなことが起きるか
今度は逆に、弁済を行わなかったことで生じる問題点について整理いたします。3つのポイントに整理しておりますので、一つずつ一緒に見ていきましょう。
同時履行の抗弁権を相手から奪えない
双務契約では、弁済を行わないかぎり相手の同時履行の抗弁権を奪うことはできません。もともと同時履行の抗弁とは、双務契約の当事者の一方が弁済をしないことで、もう一方が不当に損をしないために認められている権利です。
そのためこちらが弁済をしない限り相手方は当然、同時履行の抗弁権を持ち続けることになります。
損害賠償や違約金などの支払いに繋がる
弁済をしないということは、債権者に対する債務が消滅しないまま残ってしまうことになります。債務を履行せずにもし期限を過ぎてしまえば債権者は被害を被ってしまいますから、債務不履行の主張を行い、こちら側に損害賠償や違約金などの支払いを求めてくる可能性が出てくるのです。
結んだ契約の解除に発展する可能性もある
債務者が弁済をせず債務不履行となった場合、債権者には相手方に対する契約解除権が発生します。
「相手方が約束を果たさないのであれば、こちらも約束を守る必要は無い」と契約が解消されてしまい、相手方からも弁済を受けられない可能性があるのです。
弁済を使う専門用語で知っておいた方が良いもの
ここまでは、弁済の意味や弁済をした時・しなかった時の法律的効果についてお話をしてきました。ここからはさらに、弁済について考える時に覚えておいた方が良い法律用語について紹介します。
代位弁済
代位弁済とは、一定の第三者が自身の債務について代わりに弁済を行うことをいいます。この場合、求償権の範囲内において債権の効力及び担保として債権者が有していた一切の権利を行使することができるようになるのです。
たとえば貸金業者等への返済が滞った場合には、保証会社が代位弁済をしてくれます。もちろんそれで終わりではなく、今度は保証会社が「私が払っておいたから、今度は私に債務を履行してください」ということで、代わりに督促をしてくるのです。
代物弁済
代物弁済とは、債務者が債権者に対してお金の代わりに何らかの資産を給付することで弁済の代わりにすることをいいます。
代物弁済には以下の4つの要件があります。
- 債務が存在していること
- 本来とは異なる給付が現実になされること
- それを返済に代えること
- 債権者の承諾があること
たとえば債権回収の場合などに、代物弁済はよく用いられます。金銭を返済できなくなった場合に不動産等の資産を代わりに弁済に充てるのです。
返済の意味
ここでは、もう一つの言葉である返済についての整理していきましょう。返済は弁済と比較して広い概念で用いられる言葉であり、一般的には返済の方が耳なじみがある言葉と言えます。
一部でも全部でも借りた金品を返すこと
弁済とは異なり、返済には「債権を消滅させる」という意味がふくまれていません。そのため、借り入れた金品の全部であっても一部であっても返すことを広く返済と表現しているのです。
また、返済という言葉を使う場合、借入金の全額を返済することを特に「完済」と表現することもあります。
借りた金品を返すという大枠の意味合いでは弁済と同じ
これまでご説明してきた、通り借りた金品をを返すことを返済と呼び、その点では大枠で弁済と意味が重なっています。
特に法律的な話をする際には弁済と返済の違いを意識する必要がありますが、一般的な会話の中では返済や完済という言葉で表現しても特段の問題は発生しないでしょう。
返済と弁済の2つの違いは知っておこう
返済と弁済には厳密にはその指し示す意味に違いがあります。金品の貸し借りに関する言葉であり、勘違いをしたままでは予想外の不利益を被る可能性もあるため、両者の違いは明確に理解をしておく必要があるでしょう。
違いを意識したうえで、日常生活や契約の場面などの各状況に応じた使い分けをすることができればベストと言えます。返済と弁済の意味の違いを理解しておくことで、もしもの時にも不利益を被らないようにしておきましょう。